東京で始まったといわれることば「おひとりさま」ランチ。
そこから最近ではひとりぼっちのランチも珍しくありません。究極のひとりぼっちランチの便所飯といわれる現状は社会に驚きをもたらしました。
私にはその気持ちがわからないですが、彼らには表面だけではない 深い理由があることがわかりました。
中には、ぼっちツアーといわれる一人で参加できるツアーが流行ですが、このぼっちは自分でぼっちを選んで楽しんでいる、というイメージがありますね。
最近「ぼっち」ということばが定着しましたね。
もちろんひとりぼっちの略語の流行語であることはわかりますが、いろんなぼっちがあるようです。
時代は進んで個人の時代になり、もはや家族でも、プライバシーの範疇には踏み込めなくなりました。
いったいどんな「ぼっち」があるのでしょうか?
ぼっちを調べると、ひとりぼっちの今の社会が見えてきました。
少し調べてみました。
ひとりぼっちランチはおひとりさまランチとはイメージが違う
東京ではじまったといわれる「おひとりさま」ランチは、同じひとりぼっちのランチでも「さま」がつけられていて大切に扱われている感じがしますね。
ところが 一般的に使われる「ひとりぼっち」 の場合は、一人きりでいる場合で見るからに寂しそうで、孤独な感じが漂う人を見た時に「ぼっち」を付けているのです。
なんかイメージが寂しいですよね。
ぼっちのような言葉は、略語として使われていて、例えば「友達がいない人や、恋人がいない人」等の事を「ぼっち」と呼んでいるのです。
また、一人でご飯を食べている人を見ると、本人は寂しいわけでは無くても ひとり「ぼっち飯」していると呼んだり、または、一人で映画を見ている人を見るとひとり「ぼっち映画」と言うのです。
通常に言葉として使うとすれば、「一人ぼっち」が正しい使い方と思われるのですが、「ぼっち」と呼んだ方がよりリアルで寂しいい感じや惨めな感じがあるそうなんですね…。
近頃の若者の中では、一人で孤独感を味わい ひとり「ぼっち」に感情移入して居る人も多いそうですよ!
ぼっちの由来は 独自に修行を続けている僧侶
一人で寂しそうに見える人の事を「ひとりぼっち」と呼ぶ場合がありますが、最近ではその様な人の事は「ぼっち」で伝わるそうなんです。
この「ぼっち」には実は由来があると言われているのですが、なんと「ひとりぼっち」の言葉の基は仏教から来ているそうなんですよ。
通常の僧侶には夫々に決まった宗派に所属するです。
ところが宗派拘らず独自に修行を続けている僧侶の事を「独り法師」と呼んでいたことが始まりで、いつの間にか「ひとりぼっち」と呼ばれるようになったと言われているのです。
この「ひとりぼっち」を省略し、「ぼっち」と呼ぶようになったと言われています。
理由を聞いて、少し驚きの「ひとりぼっち」ですが、この言葉はかなり昔から使われていますが、今、「ぼっち」に省略されて呼ばれる様になっています。
とはいっても、「ぼっち」と言う風に使われる様になったのは、最近の事で特に若者の間で使われているそうですね。
いろんなぼっちがある
一口で「ぼっち」と言っても、実は「ぼっち」には沢山の種類があるそうです。
例えば、
「ぼっち生活」…友達もいなくて一人で生活をしている人の様に、何かの主語に接続すると言った場合が多いですね。
どんな「ぼっち」の種類があるのかと言うと…、
「ぼっち男子」…一人でいる男の子
「ぼっち女子」…一人でいる女の子
「ぼっち学生」…一人でいる学生
「ぼっち社員」…一人でいる会社員
「クリぼっち」…クリスマスを一人で過ごす人
「ぼっち飯」…一人で食事をしている人
「ぼっち映画」…一人で映画を見ている人
などなど上げて見るときりが有りません。
要するに、本人が淋しかろうが寂しく無かろうが、一人で行動をしている人の事を「ぼっち」と呼んでいるのですね。
しかし こうやってみてみると、映画や女子がひとりでいることは昔ではまずなかったことなので、まさにひとり「ぼっち」は今の社会を表している言葉ですね。
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